【皇室見聞録】天皇家の食卓、毒見役「厨房は男子禁制」の伝統は今も続く不思議


監修/稲生雅亮

天皇家の食卓

天皇家のふだんの食事は、基本的には宮内庁・大膳課の主膳や主厨と呼ばれるコックがつくっている。彼らは、宮内庁によって採用された国家公務員である。

とはいっても、一般職のお役人とは違い、その「特殊技能」を見こまれた特別職の職員である。そういう点では、自衛隊の医務官や警察の鑑識課員と似たようなものといえるだろう。

昭和63年3月までは、斉藤文次郎氏(故人)が、宮内庁御用掛の肩書で「天皇の料理長」をつとめていた。フランス料理ではわが国で右に出る者がないといわれた人で、晩餐会などの特別な場合だけ、指揮をとった。コックは、専門ごとに五つの係に分かれている。第一係が和食、第二係が洋食、第三係が和菓子と洋菓子、第四係がパン、第五係が皇太子ご一家(現在は皇嗣家)の担当である。ただし、洋菓子は第三係に入っているが、実際は洋食担当者が作っている。

不思議なことに、中華やエスニックの専属担当はいない。これらの料理が必要なときは、「民間」から特別に料理人を招請して作ってもらっている。ふだんの食事では、和食担当の係が、専門外の仕事をなんとかこなす。御用邸へ出かけるときも、大膳課の職員がついていき、そこで料理をつくる。

赤坂御所には天皇・皇后のために8人、秋篠宮邸には3人が詰めている。賓客を迎える宮中晩餐会では、もちろん彼ら宮内庁・大膳課職員が腕にヨリをかけるのである。国賓や公賓の午餐や晩餐はフランス料理と決まっている。18世紀末に起きた革命で、フランスには王侯貴族はもはや存在しないのだが、フランス料理が正式料理なのだ。

晩餐会で外国のお客様に食事をお出しするときは、相手の好みや宗教上の差し障りなども調べてメニューをつくらなくてはならない。

食事はおいしさはもちろんだが、その出てくるタイミングが大事である。350人クラスの食事会では、いかにスムーズに事を運ぶかが大きなポイントになってくる。

昨年の即位の礼の晩餐会では、フランス料理のみならず和食も取り入れられた。これは平成の時と同じだ。世界各国から多くの来賓が訪れ、さすがに人数が足りず、宮内庁職員がボーイなどの役を臨時に行った。晩餐会では旬の材料を使って、食欲どころか目も楽しませてくれる料理が続いた。

侍医かやっていた「毒見」

天皇家がどんなふうに食事をしているのかは興味深いところである。もちろん、メディアが入りこんで直接取材するわけにはいかない。

コックの調理した料理が食卓に届くまでには、次のようなプロセスがある。

まず、膳手と呼ばれる盛りつけ係がお膳に盛りつける(膳手のチーフが主膳)。これを女嬬という女性の使用人が受け取って、食堂の際まで運ぶ。最後に女官、すなわち女性の側近が、テーブルまでお膳を運んでフィニッシュ。

食事ひとつにも、きちんと役割分担がなされている。身近にはべるのは女官であって、女嬬や雑仕といった下級吏員ではない。

以前はこのプロセスに、「お毒味」も入っていた。「お毒味」のことを皇室の言葉では「御試嘗(おしつけ)」という。

形としては昭和の末までこの慣習は続けられたが、真剣にやっていたのは昭和の初年ごろまでのことだという。侍従・侍医などが、毎度毎度「身代わり」の死を覚悟して(まさかとは思っていただろうが)、料理をのみくだしていた。

戦後は、侍医ひとりが料理を少し口に含むだけ。天皇に供されるのと同じ料理が食堂の
隣の部屋にも運ばれ、これに侍医がハシをつけるのである。

平成の代になり「オシツケ」は廃止された。世情も安定し、皇室典範に基づいて自動的に皇位継承が決まる以上、もはや跡目争いがおこるわけもないこのご時世で、天皇を毒殺するフトドキ者がいるわけもない。

天皇家の食事作法については、平成の代で大きな改革があった。

まず、昭和天皇の時代には女官が食事のあいだずっと側に控えていて、おかわりをついだり皿をさげたりしていたのだが、美智子さまが嫁いできてからは食卓での給仕は女官の手をわずらわすことがなくなった。美智子さまが、自分の手で給仕をする。

もう一つ、天皇が地方を訪れるときには大膳課の職員が同行し、泊まり先での料理指南や配膳をつとめていたのだが、そういうこともやらなくなった。宿泊先の調理場にまかせておく。ささいなことのようでも、古いシキタリというものはこんなところから徐々に変わっていくものである。

男子禁制の厨房?

皇族の食事は、基本的に宮内庁大膳課の厨司が作る。しかし、平成以降、女性皇族がみずから台所に立って手料理を作ることも珍しくなくなった。

これは、美智子さまによる“歴史的宮中改革”の結果である。それ以前には、妃がみずから台所に立つなど、考えられないことだった。皇族は、大膳が出してきたものを食べる、給仕も女官がする。それが不変のルールだったのである。

美智子さまは、婚約中に東宮御所(いまの赤坂御所)の設計図を見て設計変更を求め、1階の食堂隣に3坪ほどの小さなキッチンを作らせた。そのキッチンで子供のためにお弁当を作り、来客があれば手作りの料理でもてなした。そのやり方に反発する向きもあったが、昭和天皇は支持していたという。キッチンに立つ美智子さまの有名な写真があるが、あれはまさに革命的な一枚だったのだ。

その後、紀子さま、雅子さまと、「民間」出身の妃が続いた。妃は台所に入るべからず、という発想は彼女らにもないのは当然だろう。東宮御所(赤坂御所)だけでなく、秋篠宮邸にもシステムキッチンがあり、週末などには紀子さまが手作りの料理を作る。美智子さまの改革は、すっかり定着している。

ただし「男性皇族が厨房に立つ」という構図に、宮内庁は未だ抵抗感があるようだ。男性皇族が料理する写真は、未だ宮内庁から公表されたことがない。厨房には男子禁制——そんな伝統がまだまだ残っている。だが実際には天皇陛下も秋篠宮殿下もキッチンに立ち、ギョウザの皮をこねたりと料理をするそうである。

だが、天皇陛下も秋篠宮殿下も心の広い非常にリベラルなお方だ。令和の御代には、キッチンでカップラーメンにお湯を注ぐ天皇陛下や秋篠宮殿下のお写真が発表される可能性もゼロではない。

参考資料:皇室事典編集委員会『皇室事典——令和版』角川書店、2019、稲生雅亮 『そこが知りたい! 皇室探検』新森書房、1993


14件のコメント

雅子さまがお料理上手なお話は何度か読んだことがあるのですが、紀子様もお料理なさるんですか? 秋篠宮が紀子様はコーヒーも淹れないとおっしゃっていましたが?

美智子さまの得意は人参サラダとフルーツポンチだと読みましたが、他にも得意料理があおありなのですか? 玉葱を賽の目切りにすると言われて、何センチに?と質問なさったと、料理家の方が書いていらっしゃいましたよね。その質問に驚いたとか。

207
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”男子厨房に入らず”な御方かと推察いたします。

料理に関しても、如何にピン呆け、見当違い、
低資質、未体験で在るかを示す示す為の逸話で
在るのだと想います。

脱ぎっぱなし、放ったらかしだったという女が
、家事・料理が出来るわけも無く、”お料理にも
抜かりはござーませんわよ”アピールの嫌らし
さ。

陛下への三色弁当ならぬ、紅生姜一色弁当の
逸話が、全てを語っております。

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キコさんが料理されるとの記事を初めて読みました。
皇族でお料理上手と言えば 何といっても信子様でしょう。
美智子さん、キッチンで作業中もカメラ目線。
 

212
1127

『美智子さん、キッチンで作業中もカメラ目線』
カメラに向かってポーズをとっていただけで、実はお料理をしていなかったのでは❓️

65
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御正解です。

”お料理も得意ざますわよ”演出の為の「設定」
に過ぎないでしょう。作業などする筈も無い。

弾けもしない金ピカハープの横に立ち、
モデル気取りの一枚と同質。

ハープ写真ほどには、金の掛け様が無さそう
なのが、せめてもの慰めでありましょう。

こんな低劣なモノを見せつけられ、付き合わ
されている60年余りなのです。今尚・・・。

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えっ?
宮妃、料理したんだ?
秋篠宮が会見などで宮妃の得意料理とか好きなものとか何にも言わないからしないのかって思ってた。
びっくり。

宮妃、料理するんならさ、眞子さん、佳子さんに料理教えてあげて。
母親の味というものを教えてあげないと。

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それさえしないでしょう。

偉そうに、職員に怒鳴りながら・・では?

豆や粉からのコーヒーなど及びもつか
ない。インスタントでも・・どうかなあ?

身を労しない事を誇るミンジョクは多い
です。

16
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紀子さんは秋篠宮さんに「あなた、料理しないでしょう」と公の場で言われてました。
皇后陛下はお料理なさいますね。今上陛下がうれしそうにお話しされていました。カレーをスパイスで工夫なさるのもよく聞きます。
信子さまはお料理の本を出されるほどです。
美智子さまはよくわかりません。

96
1119

お伝え致します。

美智子”さま” 料理しません。出来ません。

だからこその、料理得ポーズの写真を残し
ております。

【紅生姜一色弁当】エピも有名です。

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女性皇族が、女性一般の嗜みを身に付けられる
のは最低限の素養とされて居りました。

余力の在る方々は、専門家並みの特技も取得
されておりました。それは今も。

そんな女性皇族と、ミシンの糸掛けさえ怪しい
姿を晒した写真も残っております。

殊更にキッチン姿をアピールするなど、全面的
下賤を晒していると・・・、解る筈も無い・・ので
すねえ。

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上皇后のキッチンワークは人参サラダとフルーツポンチでしょ?!
火を使わないでもできる食べ物は、料理を作る部類には入りません。低学年の小学生レベルの家庭科です。
15歳の年からダンスパーティや婚活(試し乗り)にいそしんでいたのですから、推して知るべしです。
コーシ妃はコーシの言う通り、料理なんてものはしたことはないでしょう。あの実家のどこに料理するスペースのあるキッチンなんてありました?
格言にもあるとおり、頭の悪い人間には料理はできない、ってことですね。

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稲生雅亮
元時事通信社編集委員、宮内記者会会員。明治大学卒業、時事通信社東京本社入社。大阪、千葉、岩手など地方支社局勤務の後、昭和48年本社に、同年宮内庁担当。昭和52年編集委員に。平成8年退社まで宮内記者会会員。昭和天皇崇敬会会報『昭和』に定期執筆。そのほかに、人物往来社や秋田書店などの皇室専門書を執筆、テレビの皇室特別報道番組、新聞、雑誌座談会など活動は多岐にわたる