【皇室見聞録】天皇家に仕える「オク」の女性たちは、なぜか独身


監修/稲生雅亮

「オク」には独身の女性かいっぱい

天皇家のプライベートな部分を担当するのが、いわゆる「オク」の人たちであるが、侍従長、侍従次長、侍従が秘書とすると、内舎人(うどねり)、仕人(つこうど)、それに仕人を指揮する殿部が身の回り世話役ということになる。

内舎人はほんとの身の回り世話役、仕人と殿部が御所の管理、お客の受付、接客をする。天皇や皇太子が旅行に出れば、彼らは先回りして宿泊先へ行き、部屋のチェック、荷物の整理、旅行後の残務整理なども行っている。

そのほかに、天皇家の私的な祭祀(宮中祭祀)の手助けをする掌典職がある。皇室の祭祀とは、新嘗祭、皇霊祭、四方拝などで年間でかなりの数の行事がある。掌典職はトップが掌典長、その下が掌典次長、掌典(男性)、内掌典(女性)などの計16人。

内掌典は神社でいえば巫女で、独身者(より正確に表現すれば処女)が務め、全員が三殿北側の詰所に住み、賢所と皇霊殿の内内陣において祭記を行う(神殿では男子の職員が奉仕)。一人だけ高齢の女性で、あとは国学院大や皇学館大などを卒業した20代女性がその役を担っている。かつては終身制だったが、戦後は任期制となり数年から10年ばかりで交代する。内掌典の不思議な毎日については高谷朝子(1924-2018)『皇室の祭祀と生きて——内掌典57年の日々』(河出書房新社)などに詳しい。

内掌典として57年ものあいだ賢所に住み続けた髙谷朝子さん

若い女性が青春のひとコマとして皇室の神事に携わって、いったいどんなことを感じているものだろうか。彼氏ができたときなど、楽しげに話したりもするのだろうか。

ちなみに昭和天皇死去のときに付いた看護婦8人も、一人を除いてみんな独身。50歳代の婦長が2人、30歳代の看護婦が5人、もう一人が20代であった。ほとんどが皇居内にある宮内庁病院の寮に住み込みである。

皇室のプライベートな部分のお手伝いさんには、ほかに生物学研究所の職員、紅葉山御養蚕所職員なども入る。

どちらも一部、宮内庁職員も手伝いに来ている。これが9人、先の掌典職と合わせると25人ということになる。

これらの人を宮内庁職員と区別して「内廷職員」と呼んでいる。彼らには国家公務員に準拠した給料が支払われている。現在、総額で1億円に近い人件費である。昭和52年の国会での宮内庁答弁では、内廷費の33%が人件費と答えているが、現在内廷費が3億弱だから、今も当時と比率的には変わらない。

人件費以外の物件費では、衣服や身の回り品が18%でいちばん多い。次が食。天皇家の家計には衣食住の住の項目費は、当然、無い。

「オク」動めになる道

宮内庁には「オク」と「オモテ」がある。オクというのは天皇の秘書的な役目をする侍従職から宮中祭祀の神事を補佐する人たち(天皇のポケットマネーで雇われる)のグループをいう。戦前は「側近グループ」などと呼ばれた一団である。

「オモテ」と称されるのは、皇室の公的な事務を行う部署、つまり宮内庁の役人たちのことをいう。宮内庁は総理府の外局である。

宮内庁の役人になるには、2つの方法がある。上級国家公務員試験に受かり、総理府へ配属となり、いずれ宮内庁へ派遣されるのが、その一っ。もう―つは、他の省庁に配属になって、あとで宮内庁に出向する方法である。

宮内庁への出向は警察庁や文部省、自治省からの出向組が多い。現在の宮内庁長官である西村泰彦さんも警察庁の出身だ。警備などの点で重要な役割を果たしている。

宮内庁の長官は内閣改造などに任期を左右されないことになっている。宮内庁長官が「オモテ」のトップということになる。


それでは、オクのトップは誰かというと、よくマスコミなどで目にしたり耳にすることが多い“侍従長”である。他の「オク」の役職と同じく、特別職で定年がない。いわゆる名誉職で、他の世界で功なり名を遂げたような人物が、その任に就くことになっている。

侍従長の下が侍従次長に侍従。これらが秘書的な仕事とすると、内舎人、仕人などはもっと身辺の細かい雑事を行う人たちで侍従の世話もする。侍医は健康管理を行う。これらすべて男性である。

以上は天皇の身の回りの世話をする人で、皇太子の場合も同じような人がいるが、東宮侍従長とか東宮侍従などと、役職名の頭に東宮が付く。現在、東宮はなく、秋篠宮家が皇嗣家としてその地位にあるため、皇嗣職大夫などの役職が創設された。

皇后や皇太子妃の場合は、侍従長にあたるのが女官長、侍従にあたるのが女官、内舎人は女嬬(にょじゅ)、仕人は雑仕(ざっし)が相当する。

オクの人選は、宮内庁が皇室関係者と相談し、天皇家や東宮家の了承を得て決めることになっている。オクは天皇家の一部私的雇用なので、俗にいう”縁故採用”が多いのは確かである。誰でもなれるというものではない。

参考資料:皇室事典編集委員会『皇室事典——令和版』角川書店、2019、稲生雅亮 『そこが知りたい! 皇室探検』新森書房、1993


4件のコメント

この様な素晴らしい方々が皇室をも守って下さっているのですね!初めて耳にする内容は嬉しい事ばかりでした。

<侍従長、侍従次長、侍従が秘書とすると、内舎人(うどねり)、仕人(つこうど)、それに仕人を指揮する殿部が身の回り世話役ということになる。

この方々は交代制とかで通勤なのですか?
それとも御所のどちらかに寮とかがあるのですか?すみません底辺な質問でm(_ _)m

秋篠宮家の方々がよくお辞めになると言う噂は現場ではつらくて着いて行けない程のお仕事をされてきた訳ですね?
また、お掃除、窓拭きなどは他の担当がいらっしゃるのですか?色々聞いてしまい申し訳ありません。

どうか、皆々様もお身体をご自愛なさって頂き、天皇皇后両陛下、敬宮愛子さまを御守り下さい。とても興味がある内容を伺えました。ありがとうございます!

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女性の職員は「未婚で住み込み」が条件だったのを、昭和天皇が「既婚、自宅通勤」もありに変更したんじゃなかったかな。
それが踏襲されているかはわからないけど、住み込みの人もいれば自宅通勤の人もいて、昼夜交代制と考えるのが一番自然な形かもしれませんね。
一般の病院でも大きな所は寮があったりするので、宮内庁病院にも寮があるのは納得。
皇居そのものが一つの街だと考えると面白いですよね。

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返信をありがとうございました♡
オクと呼ばれる身の回りをお世話なさる方々が、どのようになっているか気になりました。昭和天皇は後々の事も考えていらしたのですね〜

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オモテの方々は皇族方の人となりを、そこまで詳しくご存知ないということでしょうね。オクの方々は部署によっては日常的に非常に身近に接するわけですから、よく分かることでしょう。

宮内庁はお金の流れも健康に関することも十分に把握していないそうですね。特に宮家への関与は少ないとか。皇族性善説を信じてきましたが、昨今は疑問に思うこともあります。

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稲生雅亮
元時事通信社編集委員、宮内記者会会員。明治大学卒業、時事通信社東京本社入社。大阪、千葉、岩手など地方支社局勤務の後、昭和48年本社に、同年宮内庁担当。昭和52年編集委員に。平成8年退社まで宮内記者会会員。昭和天皇崇敬会会報『昭和』に定期執筆。そのほかに、人物往来社や秋田書店などの皇室専門書を執筆、テレビの皇室特別報道番組、新聞、雑誌座談会など活動は多岐にわたる