秋篠宮さまは“テープカットの宮様”なのか 宮家の経済活動の実際


文/小内誠一

テープカットの宮様

直接お会いしたことがあまりない皇族方のことをとやかく言うのは憚れるが、昭和天皇の二人の弟、高松宮宣仁親王(1905-1987)と三笠宮崇仁親王(1915-2016)の戦後のご活躍は、時として「テープカットの宮様」と陰で言われていた。昭和天皇があまりにも偉大過ぎたがためにその陰影は目に入りにくいものの色濃く残ってしまう。

その中でも高松宮殿下はご活躍は宮内庁でもしばしば話題になった。大先輩の侍従職らの話では「高松の宮殿下は若いころは志高く、求めるところは少ない立派な方だったんだけどなぁ。敗戦を迎えて“やる気”を失ってしまったのかもしれない」と語っていたのが思い出される。私生活の方も、喜久子さまとの間に子はなく、家庭内に隙間風が吹いていることは公然の秘密だった。外での女性関係に悶々とした思いの捌け口を求め、それを維持するために“テープカット”に勤しんだいたとしても不思議ではない。

テープカット技術の頂点に君臨するのは三笠宮寬仁親王(1946-2012)であることに異存はない。「本職は仕立屋」と絶賛されたほどだ。寬仁親王といえば昭和57年に突然「皇籍離脱宣言」をして周囲を驚かせたり色々とお騒がせ者だったことでもよく知られる。高松宮殿下と同じく家庭には隙間風が吹いており、信子さまとは別居状態で離婚寸前であった。原因は性格不一致により寬仁親王が信子さまにDVを働いていたことによるのだが、娘の彬子さまと瑶子さまは父を支持し、公然と母を非難している。事情は複雑なようだ。宮務課の知人に「あの家では何が起きているのか?」と聞いたことがあるが「複雑すぎて理解が及ばない」とだけ返ってきた。

1995年に「高松宮家と寬仁親王家の両家は、競輪・競艇などに名義貸しをして毎年1000万円近くの謝礼を受けていた」ことが国会で問題視された。当時の藤森昭一宮内庁長官は、あわてて「宮家で使う金としてではなく、公共のために寄付するご意向だった」と発表したが、宮内庁内ですらこの発表を真に受ける人はいなかった。

(高松宮宣仁親王)

宮家の経済活動はグレーゾーン

高松宮家と三笠宮崇仁親王家の場合は、極端な例だが、宮家の経済活動は禁止されているわけではない。皇室経済法が審議される際、宮内府は「宮家の経費の75%をカバーする皇族費が「年金」として支給され、残りの25%は所有地を貸すとか、勤めに出るなど独自に稼ぐ」という立場を示している。

また戦後混乱期の皇族費はかなり安く、品位ある生活を維持するために“テープカット”に勤しむのは致しなかった面がある。さすがにマズいと思ったのか、宮内庁の努力もあり皇族費は、初年度の定額20万円から、現在の3050万円まで252.5倍にまで増額されている。一方の内廷費は800万円から3億2400万円まで40.5倍の増額にとどまっている。

このように順次、皇族費は増額され、公的お勤めも多くなり、現在では実質的に内廷皇族とかわらないような扱いを受けているが、それでも宮家の経済活動はグレーゾーンのままだ。宮内庁は「公務やテープカット、総裁職などで皇族方が謝礼を頂くことはない」という建前を昔も今も繰り返しているが、“お車代”などの名目で多額のお金が動くのは事実だ。たとえば、最近読んだ本に次のようなエピソードが載っていた。

週刊誌『アエラ』(1995年10月23日号)は、ある団体が国際見本市を開き、テープカットに皇族を招いた際、「年輩の宮様なら『六〇万円』といわれ、『格下』の宮様を招いたところ、一〇万〜二〇万円ほど安く済んだ」とのエピソードを紹介している。

森暢平『天皇家の財布』新潮社、2003

この二人の宮さまとは誰だろうか? 実は高松宮殿下と三笠宮寬仁親王のお二人だったことを昨日、皇室ジャーナリストの宮本タケロウさんから教えてもらった。これと全く同じ状況が、別の本にも載っているのだ。

かつてある業界が晴海埠頭で展示ショーを行なったとき、招請を高松宮から三笠宮(寬仁親王)に切り換えたことがあったという。高松宮では四、五十万円包まねばならぬが、三笠宮なら四十万以下ですむからだったそうだ。

河原敏明『愛と哀愁の「皇室」秘史』講談社、2006

恐るべき一致に身震いした。

(三笠宮寬仁親王)

秋篠宮殿下は“テープカットの宮様”になるのか?

“テープカットの宮様”は過去のものなのだろうか? 実はそうではない。1995年に国会で問題になった後にも、高額の報酬を得ていた事案は度々報道されている。1997年12月、桂宮殿下が「大日本農会」「大日本山林会」の総裁についていることに対し、それぞれ50万円の役員報酬を受け取っていたことが判明した。宮さまは両団体の表彰式に出席しており、その対価と考えることもできたが、宮内庁は「返却してほしい」とアドバイスし、決着させた。

ところで、現在の「大日本農会」「大日本山林会」の総裁と言えば、他でもない秋篠宮殿下だ。

大日本山林会
大日本農会

また秋篠宮家は、皇嗣家となった後も、内廷皇族ではなく宮家として独立することを望まれた。その理由の一つに、自由に経済活動ができることがあったに違いない。まして秋篠宮殿下よりも紀子さまの方が“テープカット”に積極的だと聞く。宮家の名をつかって営利を企み、宮家も承知のうえで乗っかるという狐と狸の化かしあいが続いているが、秋篠宮家が“テープカットの宮様”どころか“テープカットの宮妃様”まで排出する時代が来てしまった。


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