小室圭さん登場は、70年前から「懸念されていた」 皇室が“一方的に破談すべき条件”に該当


文/小内誠一

眞子さま結婚は皇室の危機

眞子さまと小室圭さんの結婚は、皇室史上最大のスキャンダルと言ってもよい。近現代皇室史を振り返ると、「大正天皇婚約破棄事件」(1899年)や「宮中某重大事件」(1920年)と呼ばれる騒動が起きたが、いずれも皇室内のゴタゴタであり、決して国民を巻き添えにすることはなかった(仔細については浅見雅男『皇太子婚約解消事件』角川書店を参照)。

だが今回の眞子さまと小室圭さんの結婚については、国民の7割が反対(週刊文春デジタル2019年4月23日)しており、秋篠宮殿下さえも「多くの人が納得し喜んでくれている状況ではないというふうに思っています。で、そのことは娘も恐らく同じ気持ちを持っていると考えております」と言ってしまうほどだ。

国民が「納得し喜んでくれる状況ではない」ことを自覚しているにもかかわらず、眞子さまは11月13日に発表された文書のなかで「結婚は生きていくうえで必要な選択です」「結婚に向けて、私たちそれぞれが自身の家族とも相談をしながら進んでまいりたいと思っております」と結婚の意志をむしろ固くされている。だが眞子さまは「国民の疑問」には無言を貫いた。

秋篠宮殿下、誕生日記者会見(2020年11月20日収録)


眞子さま結婚の何が問題か?

だが憲法には婚姻は「両性の合意」だけで成立すると書いてある。眞子さまと小室圭さんが結婚したいと願っているのならば、そのどこが問題になるのだろうか? 私の友人で現役の皇嗣職の一人が問題点を次のようにまとめてくれた。

「戦後の日本皇室は国民に寄り添うことを第一に行動してきました。憲法にも『天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴』と記されており、まさに皇室は日本の象徴的ご一家です。まして秋篠宮家は、11月8日の“立皇嗣の礼”をもって皇嗣家となられ、2600年余続く皇統を担う立場にあります。その秋篠宮家の長女・眞子さまが、内親王という社会的責任を放棄して、ただ『結婚します!』『国民が何を言おうと諦めません!』と発表するというのは、内親王に相応しいでしょうか。

メディアでは識者が『結婚は両性の合意だから、眞子さまを祝福するのが国民の良心』と言っていますが、私はむしろ『国民の声に寄り添わず結婚することこそが憲法に違背している』と言いたいです」(皇嗣職)

天皇は国民統合の象徴であるからには、皇室も国民統合の象徴的存在であることは間違いない。なら国民の総意に逆らって眞子さまが結婚することは憲法の精神に反するのだろうか?



皇室典範の立法者意思を確認する

12月3日に伊吹文明元衆議院議長が、二会派の会合で、「眞子さまは法律的には日本国民ではなく、基本的人権が制限されるのだから『結婚は両性の合意であるとか、幸福の追求は基本的な権利であるとか』は適用されない」と主張した。別の記事で私は、皇室典範の制定時の国会答弁を調べ「皇室において“結婚の自由”が制限されるのは、皇統世襲にかかわる男性皇族だけであり、女性皇族については“両性の合意”のみで結婚できる」というのが立法者意思であったことを指摘した。

だがこれは今から70年以上も前の議論である。現在の皇室において男性皇族の数が極端に少なくなり、いまから30年後の皇室は悠仁さまお一人という可能性すらある。皇統問題は男性皇族だけで語られる時代ではなく、女性天皇・女系天皇・女性宮家・皇女制度と「女性」が皇統世襲に大いにかかわる時代になった。よって女性皇族の結婚も“両性の合意”だけで成り立つものではない——と考えるのは至極真っ当であろう。

ここで“仮の話”を想定して議論を進めていきたい。もし眞子さまのご結婚が、男性皇族の結婚の場合と同様に“皇室会議”の承認を経ねばならなかったとして、皇室会議がそれを否認したらどうなるのであろうか? 事実、秋篠宮殿下は「現状では納采の儀はできない」との見解を出されている。言い換えれば眞子さまが望む結婚を、秋篠宮殿下は承認できないというカタチだ。じつは国会答弁でこれと全く同じ状況が議論されている。

松本(七)委員 たとえば天皇が希望される婚姻をどうしても皇室会議が承認できないというような場合には、一体どういうことになるか、そのお見透しを伺っておきたいと思います

金森国務大臣 お叱りを受けるかも知りませんが、まずそういう場面が起らないように、適当に事物が実質において調節せらるるものであろうということを仮定をして、この皇室典範ができておるわけでありまして、私どもの大体予想しておる範囲外のことが現われました時にどうなるかということになれば、もとより皇室典範も国の法律であるまするが故に、その時に国のすべての智力を尽くして適当なる法律がまた生まれ出る余地もあろうと思います、今日あまり多くの場合を予想をして規定をするということは、実はこの典範は避けておりまして、そういう点が随所に現われております

衆議院皇室典範案委員会議録(速記)第四回 第六類第一号(昭和21年12月11日)

つまり、眞子さまのような結婚問題が起こることについて「皇室典範はそういった場合を想定していない。そういう事態が起きたら、その時に決めればよい」と答えている。ある意味、70年前から小室圭さんのような人物が現れることを予想しておきながら、それを想定した皇室典範にはなっていないのだ。



皇室典範の矛盾

眞子さまの結婚問題を考えるうえで、興味深い箇所がもう一つある。皇室側から結婚を破談にすべき「稀有の場合」について次のように述べる。

国務大臣(金森徳次郎君) それから御結婚の問題等につきましても、両性の自由なる意思によって御婚姻ができるのが本来でありまするが故に、皇室典範におきまして、それについて皇室会議の議を経ることになっておりますが、これとても最小限度にやむを得ざる制限だけをこれで期待しておりまして、たとえばその意に反する御婚姻が、この皇室会議によってできまするというようなことは、毛頭考えておりません、

ただ極くあり得べからざる稀有の場合を予想いたしますると、或は血統の関係等におきまして、皇室とどうも不調和なというような場合が、漸次諸般の制度が開放されて来るに従いまして、理論的には予想できまするので、そういうような場合につきまして、適切なるやむを得ざる制限だけを、この制度によって考えておる次第でありまして、実質においてはそう立ち入ったことを考えておりません

衆議院皇室典範案委員会議録(速記)第三回 第六類第一号(昭和21年12月9日)

現在の小室圭さんが「皇室と不調和」であることがどうしようもないならば、眞子さまの意志を通り越して破談にすることは可能であるかもしれない。また次のようにもある。

国務大臣(金森徳次郎君) 御説の通り憲法第二十四条第一項の規定に依りまして、婚姻は、両性の合意のみに基いて成立すると云ふことは厳然たる法則であり、之に対する例外ははっきりした理由がなければあり得べからざることと考へて居ります、

併しながら此の憲法の第三章に掲げてありまする所の自由権は、一応は絶対的の規定ではありまするけれども、而もそれは第十二条等に依りまして、「公共の福祉のため」と云ふ枠の中に於いてのみ用ひらるる規定であると云ふことは、憲法解釈上当然のことと考へて居りまする訳であります

貴族院皇室典範案特別委員会議事速記録第三号(昭和21年12月18日)

「公共の福祉」に反すれば、眞子さまの結婚は破談になる可能性がある。すでに70年以上前に、「想定外の事態」を想定したのだ。小室圭さんの登場はすでに予想された——。はたして秋篠宮家は眞子さまをどう説得するのであろうか。


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