小室圭さん、秋篠宮殿下と「サシ飲み」要求! 破談宣告に備え“懐柔”を狙う


文/編集部

注目の集まる秋篠宮殿下のお誕生日会見

昨年11月30日、秋篠宮殿下は55歳のお誕生日を迎えられる。例年、11月22日(いい夫婦の日)に会見が開かれてきたが、もはやこれは「いい冗談」に成り下がっているようである。

当然ながら、会見で最も注目されるのは眞子さまと小室圭さんのご結婚問題である。去年のお誕生日会見では、殿下はご結婚問題に関して、

「私は今でもその2人が結婚したいという気持ちがあるのであれば、やはりそれ相応の対応をするべきだと思います。」

「多くの人がそのことを納得し、喜んでくれる状況、そういう状況にならなければ、私たちは、いわゆる婚約に当たる納采の儀というのを行うことはできません。」

と述べられ、「現在の状況では結婚を許可することは出来ない」ことを明確に発言されたことが話題となった。すでに、結婚延期の期限である2020年は迫っており、今年もこの問題に関して、何らかのお考えを述べられることが期待されている。



秋篠宮殿下を説得したい小室圭さん

このような重要な会見を前にして、小室圭さんの側にも動きがあったようだ。秋篠宮家に近いある皇室関係者は次のように語った。

「去年、お誕生日会見を開かれた時期には数ヵ月に1度程度の頻度で小室圭さんは秋篠宮殿下に連絡をしていたようですが、今年に入ってからは、そのような連絡もすっかりと途絶えておりました

ですが、ついに今月の初旬に、小室圭さんは宮内庁を通じて殿下に面会の申し入れをしたようです(皇室関係者)

小室圭さんは、希望する料理店まで指定し、是非秋篠宮殿下と一対一でお話がしたいと申し入れたそうだが、秋篠宮殿下は新天皇の即位関連儀式により多忙であることを理由に面会の申し入れはお断りしたそうだ。



秋篠宮殿下の真意は

即位関連儀式により多忙となっていることを理由に小室圭さんの面会の申し入れを断った秋篠宮殿下であるが、小室圭さんの問題に詳しい皇室ジャーナリストによると、殿下の真意は別のところにあるという。

「多忙であることを理由に面会をお断りした秋篠宮殿下ですが、実際はやはりそれ以上に、単純に“小室圭さんとは会いたくない”というのが理由ではないでしょうか。小室圭さんは、去年のお誕生日会見で秋篠宮殿下が借金問題に関して真摯な対応を求めたにも関わらず、殿下が望むような行動を起こすことはありませんでした。

また、借金問題以外でも、突然海外への留学を決定し、婚約者である眞子さまを日本に残したまま長期間一度も帰国をせずに留学生活を続ける常識感覚の無さ、国民や皇室、宮内庁に対しても、なんら誠実な態度を取ることのない不敬さはあまりにも目に余るものがあります。

紀子さまもですが、秋篠宮ご夫妻は、すでに“小室圭さんとは二度と会いたくない”というお気持ちになられているようです(皇室ジャーナリスト)

この皇室ジャーナリストの話によると、すでに、ご夫妻は小室圭さんとも母親の佳代さんとも「顔も見たくない」というお気持ちになられているそうだ。今回のお誕生会見においても破談の宣告を出来ないかと側近の職員に相談までされたという。

もちろん、眞子さま本人の結婚の意思が揺るがない現在の状況で、殿下が眞子さまの意志に反して破談を宣告することは出来ない。しかし、殿下や紀子さまのお気持ちとしては、すでに小室圭さんも佳代さんも結婚し親縁関係を結ぶどころか、もはや赤の他人のような存在であるとお考えのようだ。


14件のコメント

秋篠宮夫妻がいまになって、小室に会いたくない? 同族嫌悪 LOL!
それならいつまでもだらだらとせず、早く小室を切れ!
秋篠家の秘密、悪事を盗聴されているから暴露を恐れて切れないのか?
いまさら、秋家の悪事、秘密ごとが露呈されても国民もそれほど驚かないはず
人生の中で一度でも良いことをするために、小室と眞子を破談させよ!

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【もちろん、眞子さま本人の結婚の意思が揺るがない現在の状況で、殿下が眞子さまの意志に反して破談を宣告することは出来ない。】

日本一の旧家,一応国民の象徴たる皇族の宮家なので,【親が破談宣告】【娘に言い渡す】【娘が何もかも捨てて出奔】なんてストーリーだってあるんじゃない?
それが国民に対する義務でしょう。
それをしないのだから当記事の【秋篠は破談について周りに相談している】は大嘘ですね。

【締め付け】とありましたが,菊の紋も少しおかしいことになっている様ですよ。

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こちらも過去記事のようですが、
>小室圭さんは、希望する料理店まで指定し、
にすごい違和感。
一般人から皇族の方に料理店指定するって呆れますね!
これが本当かどうかわかりませんが、こういう態度が嫌がられる原因なのです。
ここまで引きずってきた問題、秋篠宮さまのきっぱりとしたご決断を待っております(内定白紙・破談)。

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帰国子女というか、インターという模擬海外環境下での教育の一番ダメな点が強調されていますね。
フランクで良いのですが、自尊心の塊で、目上の人に対する献上心が一切ない
常にマウント取るって、友達感覚(しかも自分が上)。
加えて彼固有の、人間関係において相手への配慮というものがない。
自分が良いと思うものは相手も良いだろう、といった勝手な思い込み。

でも、これって逆に彼の立場から見たら、彼なりの配慮なんだと思います。
「せっかくなので、私がちょうど良い店を知っていますので、そこでいかがですか?」といったもの(当然支払いは相手持ちなのだが)。

どうしてこういう性格になったのかと推測すると、彼は母親から一切否定されてこなかったんではないでしょうか?
これは情操教育において自尊心を養うのに非常に良いとされていますが、彼の場合は度を超えたものであったようです。

全て肯定され、「いいよ、いいよ」と好きなようにさせてもらえ、さらに「王子」などと始終おだてられ、ずっと母親から頼られてきた。
「また褒めてもらえる、お母さま見て見て」といった母親に対する承認欲求が見れます。
一緒のベッドに眠ったり、極度のマザコン、母親べったりというのも、彼の家庭環境と「全て肯定教育」の賜物なのではないと思えるのです。
さらに海外被れの常にハグしたり恋人であるかのように腕を組んで歩くような(異様とも取れる過剰な)スキンシップも彼のマザコンを自然なものにしています。
一般からは増長とも取れるような言動であってもそれは、このように自然に育まれてきた承認欲求によるものなのでは、と思えるのです。

さらに自ら稼いだり自分でお金を支払ったりするのではく、母親から「支払いは相手にやってもらいなさい」、
人と交際したり、日常の人間関係において「お金は相手が出すもの」という事が当たり前のように教育されてきているので、彼にとって(もちろん母親にとっても)はそれが当然のこと、それに良心が痛むという事は微塵もない。
また「いかに相手にお金を出させるか」という交渉のテクニックが自然と教育されてきているのではないでしょうか。

こう考えると彼ら母子の行動原理がわかります。
「良心の欠如」「他人の心の痛みがわからない」
この母子はこれに尽きます。
これは一般から見たもので、彼らなりの良心はあるのでしょうがそれが一般常識からかけ離れすぎているものです。
ただ、同じように一般常識からかけ離れて育った馬子から見たら、その良心が通じるのです。
つまり同じ価値観を共有し共振している。さらに「惚れ込み」洗脳状態であるが彼女の態度から見てわかります。

母子揃って人格障害ですね。 (それに共鳴している馬子もそう)
息子は母親のコピー(その肥大化バージョン)です。

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コムロシが、秋篠宮様に対して高姿勢なのは「英語が話せる上、バックに立川ジュリア氏など強力な加護があるんだ。」との意識があるからなのではないでしょうか?

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あくまでも想像ですが、上海夫人が人生の目的の集大成に入ったのではなかろうかと。

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1

義父殿下とは以前にもサシ飲みしたことがあって
「マコのアレはどうだったかね?」という定番の質問もなされたンだわ

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いや、この情報は?です。
今さら保身情報は無理というもの。
最初紀子さまはハワイ大学をすすめたとか。
今の結果と辻褄が合いません、

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小室母の周りに 893が多すぎます。母の弟も893。
皇室に入れてはならない人種ということはすでにわかっているが結婚内定白紙に出来ない状態とか。
きちんとけじめを付けて小室と縁切りして下さい。

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反社つながりで小室母の恐ろしさは計り知れません
夫亡き後 半年後には反社Bと5年間同棲 夫・夫の父母は同年に自死で遺産相続を反社Aに依頼し相当な遺産をゲット  判っているだけで2人の反社との密な関係
同棲しているので遺族年金はこの時点でもらえませんが詐取しています
秋家は小室母子とここまで関わってしまった責任をどうとるつもりでしょうか??
反社が関わった以上、どんな秘密を握られてしまったのか!!
長女云々では済まされない日本が危機にさらされるのですから秋家は皇統は継げません

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秘密って、もうすでに皆様ご存知の事でしょ。
秋家の闇、上海夫人の闇。
黙っていて、嵐が過ぎ去るのを待つ姿勢は角田親子と変わらない。
ひたすら風向きが変わるのを待って、欲しいものを手に入れるまで諦めない。
ウンザリです。

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ABOUT US

稲生雅亮
元時事通信社編集委員、宮内記者会会員。明治大学卒業、時事通信社東京本社入社。大阪、千葉、岩手など地方支社局勤務の後、昭和48年本社に、同年宮内庁担当。昭和52年編集委員に。平成8年退社まで宮内記者会会員。昭和天皇崇敬会会報『昭和』に定期執筆。そのほかに、人物往来社や秋田書店などの皇室専門書を執筆、テレビの皇室特別報道番組、新聞、雑誌座談会など活動は多岐にわたる