美智子さま「雅子さんは、どうして水俣へ行かずに笑っていられるのか?」 国民を癒す上皇后の「祈りの旅」


文/宮本タケロウ

国を癒す天皇の「祈りの旅」

平成の皇后陛下、美智子さまが大切にされたのは市井の国民一人一人の心と向き合う暖かく、優しい“祈りの旅”でした。

平成も残り5年を迎えていた2013年10月に行われたのは、その“祈りの旅”の集大成となる「水俣訪問」でした。

(水俣で献花される平成の両陛下)

この水俣への“祈りの旅”では多くの水俣病患者と触れ合い、今でも心にグリーフを抱く多くの人たちの心の癒しになって、大成功に幕を閉じたと言われています。

皇室と水俣の間には浅からぬ因縁があることは、本サイト読者の皆様ならきっとお分かりかと思います。そう、水俣病を引き起こした㈱チッソの社長を現在の皇后陛下・雅子さまの祖父・江頭豊氏が務めていたのです。

一般に、江頭氏がチッソの社長に就任したのは水俣病が発生した後であって、江頭氏は水俣病とは無関係であるということが言われます。

雅子さまの入内の際、皇室会議でもそのことが議題に上がりましたが、結局は「まったく問題ない」と以下のような説明が宮内庁からなされました。

「江頭氏は社長といっても、水俣病が発生したあとに日本興業銀行から派遣された方であり、
公害発生とは無関係、責任はない」

確かに、水俣病発生(発見)は1963年で江頭氏のチッソ社長就任は1964年であることから、水俣病がチッソの廃棄物が原因であるということが分かった後に社長になった江頭氏に責任はないことが、一見して明らかです。



関係が大いにあった雅子さま祖父

しかし、水俣病について、改めてしっかりと調べてみると、決してそうとは言い切れない事実があることに気づかされます。

ノンフィクション作家の高山文彦が書いた『ふたり 皇后美智子と石牟礼道子』には、天皇の水俣訪問実現に熱い執念を燃やした水俣病患者・川本輝夫さんの以下のような言葉が記載されています。

しゃがみ込んで草取りをはじめた川本さんは、そのとき六十三歳になっていた。
水銀に侵されているので、ときおり首から上をぶるりと震わせながら、このように話した。

「戦争中、チッソ(当時は日本窒素肥料)は国策会社でした.戦後は食糧増産のかけ声のもと、
肥料の大量生産をやっとりました。昭和天皇は昭和六年と昭和二十四年の二回、水俣のチッソ
エ場に来られとります。ひとつの会社のためにですよ。私たちの調べじゃ、チッソは昭和七年から水銀をたれ流しとるんです。

その七年後には、水俣病らしきものが出とっとです。江頭さんは発生には関係なかていうこつらしかばってん(関係ないということのようですが)、江頭さんがチッソの社長を辞める昭和四十六年までの約十年間が、いちばん水銀が拡大放置されとった時期なんですよ

高山文彦『ふたり 皇后美智子と石牟礼道子』2015年

「江頭氏は社長といっても、水俣病が発生したあとに日本興業銀行から派遣された方であり、公害発生とは無関係、責任はない」。この宮内庁の淡々とした説明に納得していた皇室ファンの皆様には衝撃的な言葉だと思います。

実を言うと、私(宮本タケロウ)も「ネットではいろいろ言われるけど、水俣病って、雅子さまの祖父には関係ないんだよな」と思っていた一人ですので、なかなかの衝撃を受けてしまいました。

(水俣病の患者)

実は、調べてみると、チッソの工場の廃水にふくまれるメチル水銀が「奇病」の原因であると断定されたのは1963年のことでしたが、チッソは江頭氏が社長に就任した後も、これを認めようとせず、国もまた規制をかけなかったのです。そのためにチッソは1966年までメチル水銀をたれ流しつづけ、水俣病は不知火海沿岸のほぼ全域に拡大していったというのが真相であったのです。



天皇陛下は知っていた

こうした事実に触れ、私は「ハッ」と、あることを思い出しました。

それは、1993年のご成婚当時、皇太子だった現在の天皇陛下が「宮内庁でも慎重論が出ていた」と述べていらっしゃったことです。

皇太子さまが小和田雅子さんと結婚する際、祖父江頭豊(えがしらゆたか)氏が水俣病原因企業チッソの社長を務めた経歴が問題とされ、交際が途絶えたことがあった。

皇太子さまは1993年1月19日の婚約記者会見で、交際の中断について「チッソの問題もあって、宮内庁の方でも慎重論が出ておりまして」と説明した。

「料理を取り分けた皇后さま『今度、水俣に行きます』」(朝日新聞2017年8月2日)

そう、雅子さまにとって祖父がチッソ社長であったことが「汚点」とされ、お妃選びから外されていたのを、率直に天皇陛下は認めていたのです。

慎重であったはずの宮内庁でしたが、結婚が決まったときの説明は「江頭氏は公害発生とは無関係で責任はない」でした。まるで「水俣病なんてなかった」ことにされてしまったような宮内庁の見解に水俣の人たちはどのように思ったでしょうか。

同『ふたり 皇后美智子と石牟礼道子』にはこう書かれます。

皇太子のなりふりかまわぬ一途な恋心が、破談から五年の時を経てほとんど強引に雅子との結婚を宮内庁に認めさせ、その結果、宮内庁は見解を奇怪に歪ませてしまった。(中略)

川本さんはそれできっと、「請願書をあらためて出したい」と私に言い、「皇太子夫妻に来てもらいたい」と話したのだと思われる。

同上

ここで述べられている「請願書」とは水俣病患者の川本輝夫さんが1990年に「出したかったが出せなかった」という天皇陛下(現在の上皇)に水俣に来ていただきたいという請願書のことです。

その請願書は結局、水俣病被害者の会のメンバーから反対が出て、1990年にはお蔵入りとなったものですが、1993年の皇太子さまと雅子さまのご成婚を目の当たりにして、「請願書を改めて出したい」と思うに至ったということだそうです。

「四、五年まえ、水俣を見に来てほしいという請願書を、天皇陛下に出そうとしたことがあったとです。仲間内から反対が出て、結局出されんじやったとですがね」と、川本さんは驚くような話をした。
「いまでも自分個人としては請願書を送りたかて思いはするとばってん……。皇太子と雅子さんには新婚旅行に来ればよかて、仲間内じゃ言いよっとです。賠償やらなんやらの問題はともかく、患者たちには気持ちの癒しがいちばんなんです

同上、14頁

その請願書には「天皇の御名代として、水俣病発生地域の実情視察に皇太子あるいは、秋篠宮か常陸宮にお出でいただくこと」と、皇室に遠慮をして、天皇陛下ではなく、その名代として皇太子に来ていただきたいと書かれていたと、同『ふたり 皇后美智子と石牟礼道子』には書かれています。



水俣に来たのは天皇だった

それから20年が経った2013年に、水俣を訪れたのは、皇太子さま(当時)でもなく、雅子さまでもなく、冒頭に述べた通り、天皇・皇后両陛下(当時)でした。

(水俣を訪れた平成の両陛下)

水俣の方々からしてみれば、皇太子ではなく、むしろ天皇陛下が皇后陛下とともに来てくださったことは望外の喜びであったことでしょう。当時は、雅子さまは当時病気療養中であり、皇太子さま(現・天皇陛下)がお一人で行かれるよりは、雅子さまもご一緒であるべきだという判断が働いたからかもしれません。

しかしながら、請願書に書かれた皇太子さまではなく、思いがけず、天皇陛下が直々に水俣へ訪問されことについて、高山文彦氏は同書のなかでこのように述べています。

建前を言えば、国民生活の安寧を祈り、傷ついた国民の心に寄り添うのが皇室の役割であろう。では、生全力でお守りします」とプロポーズの言葉を婚約会見で雅子妃により明かされた皇太子は、いったいなにから彼女を守ろうというのか。(婚約の会見で)「チッソの問題」と述べたからには、その「問題」はクリアされたとでも考えているのだろうか。
本来なら、天皇皇后よりも先に皇太子夫妻が水俣を訪れるべきなのだ。雅子妃がそのようにできるかどうかは別にして、水俣病患者とその家族をまえにして、「私は江頭豊の孫娘として、皆様に多大な苦痛とご心労をおかけし、尊いご家族の生命を失わせたことを心からお詫びします」と言ってもらいたい.一途な恋を成就させ、いびつな見解を宮内庁に発表させた皇太子こそ、妃の背中を優しく押して水俣に導くべきだった。

同上、18頁

少々厳しめの口調ですが、高山氏の述べることは、清々しいまでにまったくの正論だと思います。



天皇陛下、雅子さま、水俣へいらしてください

現在は、雅子さまも徐々に回復され、公務へのご出席も多々増えている喜ばしい傾向にあります。お二人のほほえましい笑顔は全ての国民に向けられたほんとうの“慈しみ”を示していると思います。

であればこそ、両陛下お二人で今一度、水俣へ足を運んで時代を超えた「祈りの道」を歩んでいただきたいと、水俣の方々はきっとそのように思っていることでしょう。

慰霊碑の先に広がる水俣の海青くして静かなりけり(2014年1月、天皇御製)

2013年の水俣への訪問翌年の新年に詠まれた歌会始の御製には、水俣への優しい祈りが込められています。

「天皇の務めは国の為に祈ること」とよく言われますが、令和になっても続いていく皇室の「祈りの旅路」に多くの国民は温かい希望と癒しを見ています。


37 件のコメント

  • 同じ論法で言えば、今上陛下に祖父の“戦争責任”を問えということでしょうか。

    しかも、江頭豊は、皇后陛下の“母方祖父”ですよ。
    記事の著者は、私は男系男子論者と認識しているので、ダブルスタンダードであると感じています。

    346
    1173
  • 阿賀野川の水銀中毒の被害地へは、上皇上皇后陛下ご夫妻は慰霊の旅に行かれましたか?
    原因の昭和電工創業家には、上皇后さまの実妹が嫁いでいますので、いの一番に
    駆けつけて、被害者をお慰めされなければ成りませんね。

    400
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    • > 原因の昭和電工創業家には、上皇后さまの実妹が嫁いでいます
      知らなかったです。
      教えていただき誠にありがとうございます!

      目立つ所には勇んで訪問したがるくせに都合が悪いとこには近づかない、
      君子危うきに近寄らず、さすがはミテコさま!

      ついでに言えば、
      「チッソ元社長の孫のくせに水俣から逃げている」と雅子様に負のイメージを植え付け、
      「雅子が嫌がって行かないから代わりに私が行ってあげたのよ。偉いでしょ、わ・た・し!」というイメージを作りたいミテコの考えがすごく良く解説されている。
      素晴らしい記事でしたwww

      267
      1165
    • この事実,阿賀野川水銀公害には対しては,何回も筆者にはリポートを依頼してありますが、一切ありません。

      上皇夫妻も,他人のことばかり責めず,真摯にご自分達の過去の公務には向かい合うべきではないでしょうか。

      368
      1155
        • どうせ口ばかりでしょ、少なくとも上皇夫妻がそちらへ行った記録はありません。
          新潟水俣病はチッソの事件が起こった後、原因がすでに分かっていたのに垂れ流しを続け
          たんですから悪質です。しかも当時の皇太子妃の妹をオーナー一族へ嫁がせることで被災者
          達の口をふさいだ。この件はこれから大いに拡散しなければいけません。
          美智子さん呆けていて忘れてるんじゃないの?

          180
          1168
    • 其れ以外ではありません。

      同時に、其の程度の悪巧
      みが、精一杯の

      粉女郎です。

      9
      1156
  • この記事を読んで朝からとってもイヤな気持ちになって
    でもコメントしない方がいいのかなと思っていて
    控えていましたが今見てホッとした。
    皆様ありがとうございます。

    263
    1157
  • 水俣訪問の際に「皇室には1企業が起こした公害などの慰問は行わないという不文律があり公害の後遺症に悩む方々はあちこちにいるのに何故水俣なのか?」と書かれた記事がありました
    私も「天皇皇后が現存する企業の公害の場所に慰問すること」に強烈な違和感を感じたので覚えています
    正直申し上げて「そこまでして貶めたいのか」と背筋にうすら寒いものが這い上がるような、言い様のない恐怖にも似たおぞましさしか感じません
    ネットの発達により今では多くの日本人が「誰が雅子さまを閉じ込め苛め抜いたのか」知っています
    次は是非とも実妹の嫁ぎ先が起こした公害の被害者の元を訪れ肉親として謝罪なさってはいかがでしょう
    そうでないと「やはり単なる苛めだったのか」としか思えません

    300
    1149
    • 水俣病が雅子さまに関係ないのなら、平成の両陛下がいくら水俣を訪れようが、いくら水俣病患者を慰問しようが、雅子さまを貶めることにはなりませんよね。
      雅子さまと水俣病は関係ないんだから。

      でも、ななしさんは「そこまでして貶めたいのか」とおぞましさを感じたんですよね。
      つまり、雅子さまと水俣病は、関係が大アリということですね。

      7
      1399
      • 私が美智子さんの行動におぞましさを感じたのはまさにそうやって宮本さんが「やはり関係があるということだろう!」と鬼の首を取ったように言葉尻を捉えて皇后陛下の痛くもない腹を探るようなことをする、一人でも多くそういう方向へと導きたいという底知れぬ深い闇を感じたからです
        下の方で実際に身内の方が水俣の地に住んでおられる方が補償の為にいらした江頭さんの行動に皆さん感謝したと仰っているのにそれでもまだ雅子さまのお祖父様は水俣に「責任」があるという方向に持っていきたいのでしょうか?そこまでして雅子さまを貶めたいのは何故なのです?
        美智子さんが掟やぶりをするまで皇室が企業の公害の場には赴かなかったのは「今もその企業で働いている多くの社員が傷付く」からではありませんか?それは皇族のなさりようとしては決して相応しいものではないと感じます
        私は水俣の被害者の方が「長く苦しんできたチッソの社員もまた救われねば水俣病は終わらない」とチッソの社員の方を気遣う言葉を寄せていたことに感動したことがあります
        後にも先にも何故水俣だけに美智子さんが行かれたのか、私にはその行動には疑問しか感じられません

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        • ミヤモトタケロウごとき、論理性欠落の輩に
          応答するさえ馬鹿馬鹿しいのに、御真摯な誠
          に感服いたします。

          心身全面崩壊の醜婆が歪めた60年・・。追随
          して来たこゝろ卑しき者達・・。

          奇跡の様な今上御一家の令和を支えましょう。

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        • タケローという男の子、まだ33〜4歳の小僧らしいですよ。
          何を知ったかぶりして。
          あの時代、昭和を生きた人間には、水俣のことは映像、ノンフィクション、文学、色々、知っております。
          タケロー君には、是非とも、昭和電工のトップ、正田家の次女の嫁入り先安西家、その義弟との不倫「妹の夫!」によって生まれた、アーヤ、の周辺をジャーナリストとして、調査、発表して頂きたいですね。

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          1166
      • 『ななし様』のコメント冒頭に
        【「皇室には1企業が起こした公害などの慰問は行わないという不文律があり公害の後遺症に悩む方々はあちこちにいるのに何故水俣なのか?」と書かれた記事がありました
        私も「天皇皇后が現存する企業の公害の場所に慰問すること」に強烈な違和感を感じたので覚えています】

        皇室の,1企業が起こした公害慰問に対する感想,見識が述べられています。
        この考えには私も同感です。
        反論するなら、この見識,感想を踏まえた内容にするべきではないですか?
        これに触れないで、
        【平成の両陛下がいくら水俣を訪れようが、いくら水俣病患者を慰問しようが、雅子さまを貶めることにはなりませんよね。
        雅子さまと水俣病は関係ないんだから〜つまり、雅子さまと水俣病は、関係が大アリということですね。】
        これでは子供のケンカと同じ論法ではないですか。

        平成の天皇ご夫妻が退位に伴う『慰霊の旅』の『最後の旅』に水俣を選ばれたのは,当時比較的大きく,驚きを持って報道されたのを覚えています。
        私は何回か阿賀野川水銀中毒のリポートを,宮本タケロウ氏に依頼しましたが、今回の返答コメントで『やはり』と思いましたね。
        誰もが納得する『物書き』としてのリポートをなさり,今後の足掛かりを作ることをお勧めします。

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        1155
  • 1965年
    新潟水俣病 公式確認
    昭和電工・鹿瀬工場の排水が原因で、新潟県阿賀野川流域で水俣病が発生。
    熊本に比べて行政の対応は速かったが、胎児性患者を産まないよう中絶を促された妊婦もいた。

    昭和電工は厚生省の調査が始まるとすぐに、工場内にあったフローシート(製造工程の図面)を消去し、アセトアルデヒドのプラントを早々に撤去して証拠隠滅を図る。

    昭和電工社長・安西正夫は、新潟水俣病問題に取り組んでいる北野博一新潟衛生部長を「衛生部長はケシカラン奴だ」と攻撃している。

    1982年(昭和57年)
    認定棄却された患者が「新潟水俣病被害者の会」を結成。

    安西正夫の長男・安西孝之と結婚したのが、浩宮徳仁親王の運動会で明仁皇太子と並んで貴賓席に座っていた(美智子の実妹)恵美子。

    昭和電工の安西正夫氏の実兄の安西浩氏は、長年、東京ガスを牛耳っており、業界のドンとして有名。

    1988年 7月14日号  週刊文春
    東京ガスで一族がトップを独占
    安西浩会長が「私物化、どこが悪い!」

    1989年 4月7日号  週刊朝日
    東京ガスをまんまと世襲
    安西家の高笑い  社員ガックリ

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    1158
    • 余談になってしまいますが、少し前にテレビで新潟の水俣病については取り上げていました。
      そこで故ユージン・スミス氏の未亡人が何か述べていました。
      遅くなってしまったことは否めませんが、もしかすると、これから何らかの活動がはじまり、公になっていくのかもしれません。

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  • 読者の皆様は、チッソが起こした公害の責任が皇后陛下にあると
    思っていらっしゃいますか?

    その事件に全く関わっていなくても、
    事件関係者の親族だから責任持って当たり前、
    こういう考え、私は大っ嫌い!

    時系列はもとよりメインバンク(社外)から派遣されたからといっても
    チッソの社長を引き受けた以上、
    江頭氏には(問題を解決するという意味で)責任がある。

    で、
    なんで雅子様に責任あるの???
    孫だから?たったそれだけ?

    世間がそういう(=親族にも責任ある)見方をするから?
    ならば私は、力及ばずとも世間に反旗を翻し、
    天皇陛下の元、皇后陛下守護に全力を尽くす所存!

    余談ですけど、角田佳代氏の金銭問題は息子も当事者だから責任あり。
    元婚約者から金銭を引っ張った理由に、角田圭氏のアナウンサースクール代や留学費用も入っており、プレゼントもらったり、足(移動手段)になってもらったり、「将来は王子(圭氏)が2人の面倒を見てくれる」と佳代氏が元婚約者にメールで伝えてたと週刊誌報道にあったこと、などがその理由。

    それと、天皇陛下は「水問題」を真剣に考えていらっしゃいますから、
    皇后陛下と一緒にいづれ水俣などへ行かれるのではないでしょうか。
    面倒臭いミテコがいなくなった後になるでしょうけどw

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    1157
  • >であればこそ、両陛下お二人で今一度、水俣へ足を運んで時代を超えた「祈りの道」を歩んでいただきたいと、水俣の方々はきっとそのように思っていることでしょう。

    これ、女帝さまにブーメランが来ますよ。
    女帝さま、新潟水俣病にお見舞いも何も行ってませんから。
    皇后陛下に熊本水俣病の件で言いがかり付けるんなら、新潟水俣病の方が悪質だと何人もの方がコメントしてるでしょう?
    そこ、ちゃんと読みなさいよね。
    熊本水俣病のこと持ち出すんなら、新潟水俣病のことを持ち出してください。
    あちらは、女帝さまの実妹の嫁ぎ先で渦中です。

    259
    1160
  • 私は有明海~水俣湾にかけ出身者親戚縁者が沢山います
    皇后陛下の祖父 江頭豊さんのルーツは佐賀藩鍋島家で有ることは有名です
    母の嫁ぎ先でもある佐賀県では江頭家の事を悪く言う人は誰もいません

    日本の四大公害病と言われる
    水俣病、新潟水俣病、イタイイタイ病、四日市ぜんそく 
    と国が認める前までは水俣病ではなく イタイイタイ病と表現していました
    イタイイタイ病に症状が似ているとかではなくイタイイタイの表現しか出来ないのでイタイイタイ病と言っていただけですけど・・
    私の母も実家近くの有明海(熊本に近い有明海)の魚介類をたべ水俣病に近い症状がでたそうです
    原因不明でただイタイイタイと叫んでいたそうです
    昔の医者の知識で脊髄に名前は忘れましたが注射をしてもらったそうですが左の腰と足の神経はなくなり腰が柳のように曲がったままでした
    その母にも補償の話はきたそうです

    公害病に認定された直後に江頭さんが補償問題で個々に被害者のお宅を訪ね丁寧に対応され
    自分が経営に携わった訳でも無いのにと大変感謝されていました
    元銀行員だけあって大変きめ細かく対応された姿は周知です
    この近辺で江頭家の事を悪く言う人は居りません
    雅子さまが結婚された時は、皆さん、大変喜ばれましたよ
    雅子さまの実家イコール、チッソと言っている人はよく調べて発言してください
    何なら佐賀県福岡県熊本県に来県し有明海から水俣湾にかけて取材でもしてください
    認識を改めるよう強く望みます

    259
    1162
      • 宮本さんの文中に水俣病の発生(発見)1963年 と有りますが
        そもそもそこから間違っていますよ
        正確には1952年(昭和27年頃)水俣湾の海辺で魚介類を食べた猫が踊るように苦しみながら死んでいく
        奇妙な姿が発見されるようになり猫踊り病と言われてたのが始まりです

        国が水俣病と認め公害病に指定したのは1956年(昭和31年5月1日)
        江頭さんが水俣病問題対応の為、社長に就任したの1964年(昭和39年)12月からです

        それと地元に近い親戚縁者の情報によりますと平成の天皇皇后が訪れた2013年頃は既にSNS時代に
        入っていたため美智子さまと紀子さまが雅子さまを苛めているのではとの思いがあってか
        メディアが持ち上げるほど皆さんは喜んでいなかったとのことです
        こちら近辺では雅子さまの存在は特別で週刊誌に何を書かれようとも揺るぎないものがあります

        174
        1165
        • 確かな根拠と実態をお知らせいただき
          感謝いたします。

          無知・無能・邪悪な輩の醜態・恥の上塗り
          である事を確信いたしました。

          72
          1159
  • 宮本さんに一言
    江頭さんに焦点を当て続けるのではなく以下の人物を研究すると面白いですよ
    白石宗城 白石多士良 平山福次朗
    パシフィックコンサルタント
    白石宗城氏は水俣湾に水銀を流し続けていた正にその時の社長であった人物
    が何故かパシフィックコンサルタントですからね
    この会社水問題に取り組んでいます

    95
    1174
  • タケロウさま

    この話、あちこちで書かれてますが、もう飽きました。どこで書いても同じ答えが返って来てます。

    95
    1164
  • 今より派手に週刊誌にスクープ合戦やワイドショーが賑わってた昭和時代。
    テレビでも毒に汚染された魚を食べた猫が奇妙な動きをする映像など、水俣の事はやたら報道してたけど、新潟の件なんて1度も聞いた事なかった。
    皇室関連のブログや書き込みを見て知り、いろいろ調べました。

    新潟水俣病または第2水俣病と呼ばれますが、今も水俣に在住する方々にとって屈辱的ですよね。
    発生年は水俣が先ですが、問題化したのは熊本より新潟のほうが先だったのに。

    結局、マスコミによって意図的に隠されていたと今なら確信できます。

    やはりその裏には、美智子さま等の権力を持つ関連人物たちが口封じを強いたからでしょう。
    私たちの知る権利を奪い、自らの恥部は封じ込め、片方だけ派手に報道させる卑怯なやり方。

    これこそ雅子様に長年してきた平成流の偏向報道と同じ。
    本当に許せません。

    97
    1168
    • 恥ずかしながら私も新潟の件は知りませんでした。
      数年前、新潟の知人から直接聞いて知ったのが最初です。

      その人はたいそう怒ってました。
      水俣は何かと取り上げられるのに、新潟はなぜか無視され続けてきた、補償だって全然進まない、と。
      まさかこんないわくがあったとは、夢にも思いませんでしたが。

      水俣で補償が進んだのは江頭さんのお力だったということですね。
      それにひきかえ新潟は???

      87
      1165
  • 答えるべきコメントはいくつもあるのに、揚げ足とりに噛みついていくのはジャーナリストではないですよ、宮本さん。見苦しい。
    某筆頭宮家や女帝と同じで、ハリボテだけ、自称ジャーナリストですね。

    79
    1179
  • 皇室では本来、人災のお見舞いには行かないというのが不文律だった。
    もし天皇がそれをやってしまうと加害者側を徹底的に追い詰めてしまうからだ。
    天皇という存在はそれだけ重い。
    その禁を平成天皇夫妻はやすやすと破ってしまった。しかも、公害問題は水俣に限ったことではない。四日市ぜんそくや神通川のカドミウム汚染のイタイイタイ病、ミチコサマご実家のかかわる新潟水俣病、安倍昭恵夫人実家の会社の森永のヒ素ミルク事件。新しいところではミドリ十字の薬害エイズ問題。これらの被害者全てのところに平成夫妻が行ったのなら二心なきまごころからの行動だろうが、あえて水俣だけしか行ってないというところに雅子さまの実家叩き、あてつけの意図しか読めない。

    そういったことが全然読めないこのライターの見識はあまりに浅い。

    79
    1166
  • 宮本タケロウ より:
    2020年12月22日 11:04
    わかりました。リポートします。
    もう3日経ちましたがリポートまだですか?うやむやにしようとしても無駄ですよ。
    どこまででも追いかけていきますので。

    45
    1174
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