眞子さま結婚問題は、紀子さまの「二の舞」なのか?「子は親の鏡」と関係者 必然だった小室圭さんの登場


文/佐藤公子

恋多き秋篠宮家

美しいのは罪——。

この頃の紀子さまは、そう真剣に悩まれているという。美しすぎる紀子さま、眞子さま、佳子さま——。常に週刊誌から特集を組まれる美しく高貴で可憐な三女性だ。

今思えば紀子さま自身恋多き女性だった。平成元年9月12日の婚約内定記者会見で「礼宮さまが初恋の人なのですか」の質問に、「申し上げてよろしいのですか。……はい、そうでございます」と述べたことはいまも笑い話として語り継がれているという。というのも、紀子さまの遊女ぶりは学習院大学で高名であり、浮名をとどろかせた。

秋篠宮殿下のご学友・三浦久和さんは当時、次のように証言している。

「宮さまの好きな方が川嶋さんだと週刊誌に出たころ(昭和田年9月ごろ)、研究会のみんなは『なるほど、そうだろうなあ』と思ったんですが、紀子さんがどういうふうか、わからなかったので……。

学習院のある目白近辺だとか、東宮御所でお酒を飲むときに私はよく誘われて行きましたが、紀子さんは(宮さまに対して)普通のお友達みたいな感じでした。どちらかというと宮さまの方が親しみを持っていたようです。紀子さんをそばに呼んだりして」(三浦久和さん『サンデー毎日』1989年9月10日号)



紀子さま恋の争奪戦

また『週刊女性』1989年10月3日号には、紀子さまをめぐり恋の争奪戦が勃発していたことが詳細に記録されている。恋の争奪戦が起きたのは、秋篠宮殿下が主催していた自然文化研究会の旅先。

「メンバーのAくんも紀子さんに好意を寄せていて、二人ですでにデートしたこともあったんです。そのことをうすうす礼宮さまもご存知だったんでしょう。みんなの前で、紀子さんへの“アタック宣言”をなさったんです」

礼宮さまは、

「キコちゃんはオレがとるぞ」

と言われ、Aくんは、

とれるものならとってみろ

と、応じたという。

『週刊女性』1989年10月3日号

このやり取りにおいて、恋敵Aさんは「とれるものならとってみろ」と言っていることから、この旅行の時、紀子さまとAさんは「恋愛関係」にあったことが解る。さらに「二人ですでにデートしたこともあったんです」とあることから、深い関係にあったことは間違いないだろう。婚約内記者会見で「礼宮さまが初恋の人なのですか」の質問に、紀子さまが「はい、そうでございます」と答え、記者団がズッコケたのは致し方ないことだろう。

はたして略奪愛の末、紀子さまは秋篠宮殿下を選んだ。

「紀子さまがロイヤルファミリーに憧れ、秋篠宮殿下に近づいたことは有名な話です。雅子さまが適応障害で苦しまれる中、逆に紀子さまは過剰適応というレベルで皇室内に深く入り込みました。その貪欲はある意味で小室佳代さんに通じるものがありますね」(宮内庁関係者)



秋篠宮家と自由恋愛

秋篠宮殿下と紀子さまの婚約内定記者会見

今思い起こせば、秋篠宮殿下と紀子さまの結婚は「皇室と中産階級の結婚」ということで話題になった。美智子さまは皇太子妃として初の一般国民ではあったが、実家・正田家は製粉会社の社長だ。雅子さまの実家・小和田家も、外交界をリードする名家中の名家だ。

「美智子さまとしては、自分のよりも格下のイエから宮妃がでることに喜んでおられました。『きこちゃん』など親しく呼ばれていました。逆にスーパーエリートだった雅子さまの嫁入りには反対でしたね…。美しく知性あふれる雅子さまを前に、『美智子』というご自身の名前の存在感を危ぶまれたのでしょう。美智子さまが雅子さまを『まさこちゃん』などと親しく呼ばれたことはなく、そこには壁がありました」(宮内庁OB・小内誠一さん)

秋篠宮殿下と紀子さまの「自由恋愛」は美智子さまの後押しもあり、昭和天皇の喪中であるにもかかわらず婚約内定記者会見が実現。週刊誌やテレビなどでは絶賛の論調が続いたが、国民はむしろ冷ややかであったという。これについて奇妙なリンクがあるという。さる宮内庁幹部は語る。

「紀子さまとの結婚が報じられると、宮内庁には少なからず抗議の電話がありました。『将来の天皇の弟となるお方が、喪が明けるまで婚約発表を待てないとはどういうことか?』『自由恋愛は結構だが、皇族としての社会的責任をどう思っているのか?』といった内容です。

今宮内庁には眞子さまと小室圭さんの結婚について連日、抗議電話が殺到しています。その内容はまとめられ上にあがっているのですが、紀子さまの結婚の時と内容が本当によく似ているんですよね。『将来の天皇の姉となるお方が、自分の想いだけで結婚を強行するというのはどういうことか?』『自由恋愛は結婚だが、社会的責任に見合った行動をとるべきではないか?』などなど…。

そう思うと、眞子さまの結婚問題がこじれたのは、やはり紀子さまの娘だったからなのでしょう。この親にしてこの娘あり——そう思いました」(宮内庁幹部)

思えば二つの構造はそっくりだ。今でこそ成人君主のようにふるまう紀子さまであるが、大学時代は男をとっかえひっかえ…まるで後妻業を繰り返してきた小室佳代さんにそっくりだ。名古屋大学准教授で皇室問題に詳しい河西秀哉さんは次のように語る。

「一連の結婚問題は篠宮家の自主性を重んじる教育の帰結です。子は親の鏡という名言がありますが、眞子さまを見ていると紀子さまのお姿が重なって見えます。あるいみ『二の舞』だったのです。そういう意味で小室圭さんの登場は必然だったのです」(河西秀哉さん)


14 件のコメント

    • 秋篠宮家の皆さまには一言こう言ってあげたい。
      自由自由と言いますが、自由には自己責任と言うのがあることをお忘れなく。
      あっ!モーニングショーの玉川にも今の言葉をプレゼント。

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      • あの玉川さんね。
        朝日の忠実な社員さんですので,『良い贈り物』になるかと存じます。

        眞子内親王のあのお相手との結婚については,様々な違いを超えて,皆様常識的な考えで意見を述べていらっしゃるようで,その点については驚きです。
        賛成していらっしゃるのは朝日の社員さんとどなたでしょうか?

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    • 同族嫌悪でしょう。
      一家が一般人だったら小室母子とはとっても気の合うよいお友達ですよ。

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  • 自由恋愛結構ですが、相手はきちんと選びましょう。
    また、お相手の身辺調査はきちりと行ってくださいな。
    秋篠宮も眞子さんも相手がああでなければ今頃は違う人生だっただろうし、眞子さんももっと早くご結婚していたのにね。

    本当に眞子さんを見てると相手次第では祝福されるし、反対されるといういい見本になりました。
    私には子はいませんが、我が子のように可愛がってる姪っ子には周囲から祝福される結婚して貰いたいですね。

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    • 貴方の、柔らかく、暖かく、当たり前の
      コメントに、下げポチが・・・。

      そんな者が同じ日本に住んでいるとして、
      私は仲間とは認めません。

      32
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      • 粉婆以下、本来であれば人前に出れる代物ではない。
        そんなモノ共の、「たっての願い」や「強い御希望」
        に従って、盲目的に下げポチ作業をしている輩よ・・。

        タマシイを失って道具にされている惨めさを、そろ
        そろ知れ。

        手作業であれ、機械操作であれ、其の手間賃の基は
        血税。

        幼稚・無能・無節操・淫乱・邪な者共を何時まで背負い
        続けねばならないのか・・。

        ☆つましくとも、真摯に生きている者の、
        ”たわまぬ節”を示す刻が来た!

  • 皇室はこれからどうなるのでしょうが?
    国民はコロナで苦しんでいるのに、立皇嗣の礼のために紀子様が高額の衣装を新調したとか、眞子様の事などをニュースで知ると、こんな皇室はいらないと思います。

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  • 血筋なんでしょうか❔
    ロイヤルファミリーに憧れて、礼宮をゲットした川島紀子さんでしたか。平成時代は、知りませんでした。
    私が皇室に興味を持ち始めたのは、小和田雅子さんが浩宮と結婚して皇室入りされてからです。
    名声有る人物に近付いて、取り入ると謂う事を為されていた母親の為さり用が娘に返ってきた事になるのでしょうか❔

    自由には、責任が伴います。その通りです。
    特に、特別恵まれた家に生まれたならば、
    【高貴なる者の義務】【ノブレスオブリージュ】
    です。
    秋篠宮家には、是非この言葉を刻んで頂きたく存じます。

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    • 遂に、万世一系に幕。秋篠宮家に皇統を移すなの真実。
      ・文仁親王殿下は、30年以上前に亡くなった臨済宗僧侶ににている。
      ・眞子内親王は、臨済宗僧侶の子供の眞嶋秀和似の男性に似ている。
      ・木香茨は、母親の祖先がいばらの道を歩んだことを意味する。
      ・佳子内親王は、だれにも似ていない。
      ・ゆうなは、母親の名前の一部(戸籍名でない)と肌が色黒を意味する。
      ・高野槇は、母親の名前の一部と仏教を意味する。
      ・母親は、臨済宗僧侶の二番目の孫娘と推定。
      ・悠仁親王は、臨済宗僧侶の子供の眞嶋秀和似の男性に似ている。
      (臨済宗僧侶の異父妹の孫息子で別の女官の弟にも似ている。)
      ・悠仁親王出産当時、川嶋紀子は、女子を妊娠、出産。女子と、男子を差し替え。女子は生存。
      ・臨済宗僧侶は、皇族ではない。
      ・臨済宗僧侶の異父妹は、宮中で有名な女官。

      追伸
      ・女官ゆうな(仮名)の親戚の血が入ると、色黒になるので、古代天皇からの遺伝は消える。

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  • 三の舞であろうかと思います。

    ロイヤルファミリーの”おいしさ”だけが目的で、
    前代の劣情に付け込んだ”初代下賤”。之がそも
    そも在るべからざる事であった。

    ”初代”が己の立場を既成事実化するため、大喜
    びで迎えた”二代目下賤”。

    ”劣情”以外に関心も能力もない、筋目も怪しい
    ”皇族女”が、日本人・同朋であるかも怪しい男
    に入れあげている。

    【劣情】の、なんと浅ましく哀しい事か・・・。

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  • 川嶋紀子は、拳、雑誌、テニスラケット等で殴る、足蹴りするなどの暴行を加え、スタンガンを押し付ける、頸部に手刀を加え気絶させる、タバコの火を押し付ける、アイロンを押し付ける、熱湯をかける、全裸にし写真や動画を撮る、性的な行為をさせ写真や動画を撮る、正座させた状態で足を踏み付ける、喉を手や紐で絞める、指を反らす、沸騰したお湯を無理やり飲ませる、御粥やインスタントラーメンだけの食事を強いる、大量の飲酒を無理にさせる、異物や汚物を食べさせる、女性性器に昆虫などを挿入する、食事時間を制限する、3日間くらいの絶食を強いる、水風呂に入れるなどの暴行や虐待を、日常的に繰り返しております。
    秋篠宮家女官らは川嶋紀子に逆らうことができず、川嶋紀子は女官らを意のままに従わせて支配しています。
    さらに、川嶋紀子は、女官を風俗で働かせ、上がりを上納させたり、相互に殺し合い(タイマン勝負)をさせたり、一般社会での万引きを強要したり、一般市民への殺人を教唆したりしております。
    女官を助けてあげてください。外国人記者クラブの方は、報道してあげてください。

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  • 川嶋紀子、頭が高い。

    悠仁親王は、川嶋紀子の嫡出子の女子と差し替えられた。
    ほぼ同時期に生まれた男子は、何人もいる。
    その中から、古代天皇の遺伝を受け継いでいる男子を選択しなおさないと、
    女官の派閥だけで選んでいると、ごまかされ、万世一系が維持できない。

    悠仁親王が成人になる前に、改めて、きちんと選びなおすこと。

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