天皇に輸血したら「万世一系」が途絶える? 侍医は陛下に触れずに検診、今も残る「玉体論」の驚き【皇室見聞録】


監修/稲生雅亮・小内誠一

体に触らすに脈を取る「糸脈」法

かつて天皇の体は「玉体」と称され、手を触れることさえ恐れ多いとされていた。明治天皇のころには、医者といえども直接体に触れるわけにいかないので、絹の糸を天皇の手首に結び、その糸の震えで脈をはかったという(これを“糸脈”という)。

昭和天皇の時代になると、さすがにそこまではやらなくなった。しかし、近臣に「玉体」という意識は根強く、戦後になっても簡単には消えなかった。手術などもってのほか——という意見は大変根強かった。かつて秩父宮薙仁親王(昭和天皇の弟)は結核の気胸療法が受けられず、死期を早めたといわれている(昭和28年1月4日に逝去)。また、昭和44年の美智子さまの肋骨手術にさいしても、当初はメスを入れずに様子をみようということになった(彼女は「平民」の出だから問題ない、と言い出す医者もいたという)。

昭和62年秋の昭和天皇の開腹手術にさいして「玉体論」が吹き出し、戦前を知らない多くの国民を驚かせた。だが平成24年に時の天皇陛下が心臓の冠動脈バイパス手術を受けられ、令和元年に美智子さまが令和になり乳がん手術を受けられたさいに「玉体論」が出たという話は聞かない。

とにかく、天皇の体に変調があっては大変だというので、過敏なくらいの体調チェックがなされていた。朝晩2回、侍医が「おぬる」(体温)と「お脈」の調子をしらべ、「おとう」(便)の具合も毎日、侍医がその目でみるのである。こういった煩瑣なしきたりが簡略化されたのは平成に入ってから。侍医は、顔色や体の様子を検診し体調について問うだけ。いちいち「おぬる」を計ったり、「おとう」をみることはしない。皇太子時代からそういうやり方をしていたので、それをそのまま踏襲したのである。

そのかわり、というべきか、定期的に精密検査を怠らない。上皇陛下は皇太子時代の昭和48年、40歳になるのをきっかけに成人病チェックを始め、人間ドックにも入られるようになる。血液検査、胃のバリウム検査、レントゲン検査など、検査項目は我々のそれと変わらない。以降、毎年続けている。天皇陛下もまた同様に、毎年のように精密検査を受けている。

天皇に輸血をしたら万世一系が途絶える?

宮内庁病院

天皇・皇后や皇太子(皇嗣)は、ほぼ毎日のように侍医が体調をチェックしているので、カゼ気味になれば、すぐに処置がなされる。

簡単な処方で手におえない場合には、宮内庁病院に出向くことになる。宮内庁病院は、皇居東御苑にある国立の病院である。昭和39年に建てられた2階建ての建物で、皇族のための専用室を持っている。内科、外科、歯科、産婦人科など10の診療科がある。手術を要するほど重い病気になると、たいてい皇族はこの宮内庁病院に入院する。だが最近では東大病院と連携し、治療にあたることが多い。

ある手術のエピソードを紹介したい。

昭和62年9月14日、拡大侍医団会議は、昭和天皇の「腸の通過障害」を取りのぞくため開腹手術をすることを決めた。現職侍医団に前2代の侍医長も加わったこの会議で、「陛下の体(玉体)にメスを入れるのはいかがなものか」という意見が出され、ひとしきり議論がかわされた。輸血の問題もあった。ご存じの通り皇統は万世一系とされる血のリレーだ。玉体に非男系の血を輸血しては、万世一系が絶たれてしまうのではないか——そんな信じがたい議論が真剣に交わされた。ある侍従は「輸血をしては万世一系の血脈が途絶えるのではないか? 輸血はまだしも骨髄移植の場合には血液型も変わると聞いている」と侍医に質問していた。さすがに手術実行・輸血OKで決着がつき、宮内庁病院で開腹手術が行われた。

昭和天皇は、昭和63年9月19日、大量に吐血。以後、昭和64年1月7日まで闘病を続けた。このときにはもう宮内庁病院ではなく、吹上御所の寝室に移っていた。その部屋で侍医団は懸命の介護を続けたわけである。

皇族妃が妊娠したときは、宮内庁病院の産婦人科がかかりつけとなる。美智子皇后はこの病院で3人の子供を生んだ。紀子さんも員子内親王を出産。ただ、かならずこの病院でなければならないということはない。三笠宮寛仁親王妃信子は渋谷の日赤医療センター、高円宮憲仁親王妃久子は港区の愛育病院で出産した。最近では皇族方に何か疾病があった場合、宮内庁病院ではなく、より症例の多い東大病院を利用することが多くなった。世界的に見ても、王族専用の病院があるというのは珍しい。宮内庁病院はその存在意義が問われているが「皇族方の健康情報は最高機密であるから、病院が必要」というのが彼らの言い分である。

ところで、宮内庁病院は一般の人の診療もしている(ただし宮内庁の職員、医師などの紹介が必要)。

参考資料:稲生雅亮 『そこが知りたい! 皇室探検』新森書房、1993


7件のコメント

このシリーズ結構好きです。

しかし時代が変わると今では信じられない考えがまことしやかに正しいと思われていたのですね。

早く男系男子とかY染色体が等という非科学的な因習は止めて、直系長子で皇統は繋いで欲しいと思います。

男系男子などという考えはそもそも天皇家に男の子を産み続けよ、という大変失礼な野蛮で奇怪な因習としか思えない。こんな前近代的な野蛮な風習はさっさと取りやめて欲しいものです。

そもそもどうしてこんなに皇室は女性だらけなのか?

八百万の神が愚かな民に教えているのではないでしょうかね。

愚かな人間どもいい加減に目覚めなさいと。

男系男子?Y染色体?世界最古?ばっかみたい~。

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>そもそもどうしてこんなに皇室は女性だらけなのか?
八百万の神が愚かな民に教えているのではないでしょうかね。

私もそう思っていました。
特に、徳仁親王が選んだお妃…雅子さまが唯一お産みになった愛子内親王殿下が女性であることこそが、八百万の神々からのご神託ですよ。

玉体ということで輸血もNGだったなど、割と最近まで思われていたと知り、考え方の古さに驚きました。
その古い考え方の延長に、Y染色体云々、万世一系があるんですね。
ご立派な天皇陛下を戴けて敬えることに幸せを感じています。
その陛下の血を引き、19年間傍でお育ちになった、敬宮さまにぜひ皇統を継いでいただきたいです。

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1841

そういえば昭和天皇が爪がのびているのを侍医に指摘されて「これは良宮が切ることになっている」って言った話好き。
仲良しだなぁってほわほわする。

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医者の質に経験値は欠かせません。名医というのは何千症例も診ており、その経験によって的確な診断を下し的確な治療を行えるのです。経験症例数が少なければ名医にはなれません。どんなに教科書を丸暗記していても、です。
というわけで侍医団というのはへたをすればヤブ医者の集団になりがちなのです。

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前近代的な因習は早々に改めていただきたいですね。

病弱だった大正天皇を支え皇室を取り仕切っておられた貞明皇后は、幼い頃農家で育たれトンボ取りや栗拾いなど裸足で逞しく過ごされたそうです。
(関東大震災の時に初めて被災地訪問された皇后だそうです)
是非また貞明皇后様と愛子様についての記事の掲載をお願いいたします。

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> 平成24年に時の天皇陛下が心臓の冠動脈バイパス手術を受けられ(中略)たさいに「玉体論」が出たという話は聞かない。

当のご本人が「玉体にメスを入れてはならないという話が出るべきだ」と仰ったと聞いてますが。

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毎日、二度もおぬるとお脈を測って、ラストエンペラーの宦官のようにおとうまでクンクンさせてた?

なのに今上ご夫妻には新婚当時から過労死並みの公務を入れ、高円宮様が子作りの時間がないと言っても考慮されず、雅子皇后陛下には高齢出産後の育児休暇を却下、倒れた皇后様の治療への叫びも無視、お散歩すれば治るですか!

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稲生雅亮
元時事通信社編集委員、宮内記者会会員。明治大学卒業、時事通信社東京本社入社。大阪、千葉、岩手など地方支社局勤務の後、昭和48年本社に、同年宮内庁担当。昭和52年編集委員に。平成8年退社まで宮内記者会会員。昭和天皇崇敬会会報『昭和』に定期執筆。そのほかに、人物往来社や秋田書店などの皇室専門書を執筆、テレビの皇室特別報道番組、新聞、雑誌座談会など活動は多岐にわたる